約30年近く前に初めて、老舗加賀友禅呉服店ゑり華の故花岡会長とお会いした。若い作家はまともにお顔を見て話せないような威厳のある方だ。
まだまだぺーぺーの私に作品を持って来なさいとお電話を下さったのだが、お伺いして、いきなり怖そうな顔で「あなた一人では何もできない。うちみたいな店が付けば別だが、、、」と言われ、人を呼びつけといてなに?と思ったので、「帰ります!」と席を立った。その瞬間、恵比寿様のようにお顔が変わって「まあ待て。うちの仕事をしてもらいたいんや」と言って引き止められた。その時初めてお茶が出てきたのを変に覚えている。私はちょっとムカっとして「なぜ最初にそう言わないんですか」と申し上げたら、「ものにならんもんなら、きれいですねで帰ってもらう。それくらい解れ」と言われた。
その後、「うちの専属になれ。」と言われたので、「いやです!」と即答した。会長は「そう言うと思うた!」と言って大笑いされた。私は全くのぺーぺーの駆け出しで、かたや加賀友禅業界の重鎮なのだ。
今思うと空恐ろしくなる。しかし、後日竪町の画廊「豊か」の女将さんから、会長が「あの子は伸びるぞ」と言っていたと聞かされ、涙が出そうになった。まじめに頑張っていれば必ず見てくれている人がいると本当に思えた。
作家として自分が信じて目指す未来に向かってこのまま頑張ればいいのだ。と何度も自分に言い聞かせていた。本当に大きな勇気をいただいた。NYの国連本部での個展が決まりご報告したときには、私が、「本当に嬉しいです」と言ったら、「僕もうれしい!僕が嬉しい!」と手を握って何度も言われたことが懐かしい。
初めての出会いから20数年、人一倍こだわりの強いわがままな作家の心を心底理解してご指導いただいた。どれだけ感謝しても感謝しきれない。その会長との最後の会話は、
会長:「あんた、いつまでたっても作家らしい顔しとらんなあ」
私: 「えっ、どう言う意味ですか?」
会長:「他の作家はみんな威張っとる(えばっとる)」
「あんた他人から好きなこといろいろ言われるやろ」
私: 「はい。本当に感心するほど失礼なこといろいろ言われます」
会長:「そんでいいんやぞ!これからもそのまま行け」
全て、本当に全て、分かってくださっていたのだ!
100人の二流三流に否定されようと、一人の一流に認められることほど名誉なことはない。
この最後の会話は、私は会長の遺言と思っている。
今、還暦を過ぎ、作家として花岡会長にご報告したいことがいっぱいある。
あの恵比寿様のようなお顔で聞いてくださるに違いない。